大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

札幌高等裁判所 昭和47年(ネ)46号 判決

主文

原判決中控訴人ら敗訴部分を取消す。

被控訴人の右請求を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴人ら代理人は、主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は、「本件各控訴を棄却する。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、援用、認否は、次に附加するほか、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

控訴人ら代理人は、乙第一〇、第一一号証を提出し、当審証人寺本幸助の証言、被控訴人本人および控訴人三和石油株式会社代表者尋問の結果を援用し、被控訴代理人は、乙第一一号証の成立は認めるが、乙第一〇号証の成立は不知と述べた。

理由

一、本件(一)の土地がもと訴外中田軍の所有で、被控訴人が昭和四三年一月一日、賃貸借契約内容の点はさて措き、右訴外人から右土地を含む三、三〇五、七八平方メートルの土地を賃借したことは、当事者間に争いがない。

二、成立に争いのない甲第一八ないし第二二号証、同第二五、第二七、第二八号証、乙第五号証、原審証人三好鉄男の証言、当審における控訴人三和石油株式会社代表者尋問の結果ならびに原審および当審における被控訴人本人尋問の結果を総合すると、次の事実が認められる。

被控訴人は、かねてから本件土地とは別箇の、旧国道に面した土地に、控訴人昭和石油株式会社(以下控訴人昭和石油という)が設置し、控訴人三和石油株式会社(以下控訴人三和石油という)を通じて借受けた給油所を使用して、自己の主宰する訴外鵡川油機有限会社として、石油等の販売を営んでいた。ところが、同給油所が地震で損傷したうえ、新国道ができたため、被控訴人としては、新国道に面した本件土地に移つて、同じく自己の主宰する訴外株式会社森石油店(以下訴外森石油店という)として営業すべく、昭和四三年春頃控訴人三和石油を介して控訴人昭和石油に対し、本件土地上に給油所を設置して貰いたい旨依頼した。そして同年一一月本件(二)の土地上に給油所が完成したので、右三者間で、右給油所の設備については、以前と同様に控訴人昭和石油が控訴人三和石油に賃貸し、さらに同控訴人から訴外森石油店に転貸することとし、土地については、右土地部分を被控訴人から訴外森石油店に転貸し、さらに同訴外会社から控訴人昭和石油に再転貸することとした(土地の範囲を除き訴外森石油店が控訴人昭和石油に賃貸したことは当事者間に争いがない)。

以上の事実が認められ、他に右認定を左右する証拠はない。

控訴人らは、訴外森石油店の実態は同族会社で、被控訴人の個人企業といえるから、控訴人昭和石油は実質上被控訴人から土地を転借したと同一視できる旨主張する。確かに前記乙第五号証、原審証人荒町晃の証言、原審および当審における被控訴人本人尋問の結果によると、右訴外会社は被控訴人のいわゆる同族会社で、経理も個人と会社とが画然と区別されていなかつたことが認められるが、訴外会社も一応法人格を有し、会社として営業活動をしている以上、控訴人昭和石油に対する土地の賃貸人が被控訴人個人であるとみることはできない。

三、訴外森石油店が昭和四五年一一月二〇日札幌地方裁判所室蘭支部で、破産宣告を受けたことは、当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第九ないし第一二号証、原審証人吉川忠利の証言および原審における被控訴人本人尋問の結果によると、被控訴人は右訴外会社破産管財人吉川忠利に対し、昭和四五年一二月九日到達の書面をもつて、右破産を理由として土地転貸借契約を解除する旨の意思表示をなしたことが認められ、他に右認定を左右する証拠はない。したがつて、被控訴人と右訴外会社との間の転貸借契約は、民法第六一七条により右意思表示のときから一年を経過した昭和四六年一二月九日限り終了したこととなる。

四、しかしながら、成立に争いのない乙第一一号証、原審証人田中三郎、同佐藤正勝の各証言、当審における控訴人三和石油株式会社代表者尋問の結果原審および当審における被控訴人本人尋問の結果および弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。

被控訴人は、前記認定のように本件土地に設置された給油所を使用し、訴外森石油店として営業を開始したが、その後売掛先の倒産等によつて次第に負債が増え、経営が思わしくなくなつてきたうえ、人手不足も生じたので、昭和四五年六月控訴人三和石油に対し、社員の派遣を要請した。右要請に応じ控訴人三和石油から社員二名が派遣せられ、同人らが主となり、控訴人三和石油からも資金を投入して経営に当つたが、従業員の採用問題等から被控訴人との間に次第に感情的疎隔を生ずるに至つた。そして被控訴人としては、次第に自己の存在が無視されると感じ、また負債が減少しないところから、控訴人三和石油もしくは資力のある第三者に、負債付きで営業を買取つて貰いたいと考え、控訴人三和石油その他に種々交渉したが、いずれもまとまるまでに至らなかつた。そこで被控訴人としては、右のような事態に至つた以上、控訴人昭和石油との間の土地賃貸借契約を解除して、給油所の収去を求めたうえ、その跡地利用を改めて考えるより他に方途はないと考え、前記のように昭和四五年一一月二〇日、訴外森石油店の自己破産を申立てた。

以上の事実が認められ、原審証人佐藤正勝の証言および当審における被控訴人本人尋問の結果中、右認定に反する部分は、前掲の他の各証拠と対比して措信することができず、他に右認定を左右する証拠はない。

なお被控訴人は、原審における本人尋問において、控訴人三和石油は社員派遣以後自己の債権確保のみ図つた旨供述するが、他の供述部分によると控訴人三和石油の訴外森石油店に対する債権額は、社員派遣当時と破産申立時とで殆んど差のないことが認められ、控訴人三和石油が自己の債権確保のみ図つたとは認め難い。

以上二、四の各認定事実にもとずいて考えるに、同事実から明らかなように、本件土地上に給油所の設置を依頼し、またその後控訴人三和石油に対し社員の派遣を要請したのも被控訴人側であり、しかも訴外森石油店の経営の悪化も被控訴人の責に因るものとみるべきで、その被控訴人が、右訴外会社の負債処理につき控訴人三和石油の積極的協力が得られないからといつて、控訴人らに他に特定の非違がないにも拘らず、自己破産を申立て、それを理由として賃貸借契約を解除し、控訴人らに収退去を求める、右明渡請求は信義則に反し許されないものといわなければならない。

五、被控訴人は、控訴人昭和石油は被控訴人の土地賃借権を消滅させる目的で、昭和四五年一二月二日、新たに訴外中田軍から、本件土地を賃借する旨の契約を締結したもので、同控訴人の行為は本件賃貸借関係の基礎である信頼関係を破壊するものであるから、本訴(原審における昭和四六年八月一三日の口頭弁論期日)において、同控訴人に対する土地賃貸借関係を解除する旨の意思表示をなした旨主張する。

しかしながら、控訴人昭和石油に対する再転貸人が訴外森石油店であることは、被控訴人の自ら主張するところであるから、被控訴人において控訴人昭和石油に対する再転貸借契約を解除することはできないのみならず、成立に争いのない乙第一、第二号証、原審証人中田キリエ、同田中三郎の各証言によると、被控訴人主張のように控訴人昭和石油が昭和四五年一二月二日訴外中田軍との間で本件(二)の土地につき直接賃貸借契約を結んだことが認められるが、前示認定のように被控訴人が控訴人らに収退去を求める目的で訴外森石油店の自己破産を申立てた以上、控訴人らが本件(二)の土地の使用権確保のため右賃貸借契約を結んだからといつて被控訴人がそれを非難することはできず、右行為をもつて信頼関係を破壊するものとして再転貸借契約を解除することはできないものというべきである。

したがつて、被控訴人の右主張はその余の点を判断するまでもなく採用することができない。

六、さらに、被控訴人は、右直接の賃貸借契約締結により、控訴人昭和石油は本件土地の転借権を放棄したものであると主張する。

しかしながら、控訴人昭和石油が右直接の賃貸借契約を締結したからといつて、当然にその有する転借権を放棄したことにはならず、その他放棄したことを認めるべき証拠もない。

したがつて、被控訴人の右主張も採用できない。

七、以上の次第であるから、被控訴人の本訴請求は、その余の点を判断するまでもなく、全部失当として棄却すべきである。よつて原判決中控訴人ら敗訴部分を取消して、被控訴人の右請求を棄却することとし、訴訟費用につき民事訴訟法第九六条前段、第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例